奈良時代に建てられた信濃国分寺が衰(おとろ)えてしまうと、この地方の民衆によって、一段上の平地に新しく寺が建てられ、国分寺の伝統を継ぐことになりました。これが現在の国分寺です。
それは鎌倉時代の初め頃かと推定されますが、源頼朝(みなもとのよりとも)がその再建に力を尽したという伝承があります。
お釈迦(しゃか)様だった本尊もお薬師様となり民衆の寺として生まれかわり、今日に至っています。
毎月8日には金光明経 (こんこうみょうきょう)の読経(どきょう)がありますので八日堂(ようかどう)ともいわれます。
|