明科町の明科廃寺跡から出土した古瓦から、信濃では7世紀後半には仏教寺院が建立されたとみられます。長野市の善光寺周辺、千曲市の雨宮廃寺、須坂市の左願寺廃寺、飯田市の上川路廃寺などからも7世紀代にさかのぼるとみられる古瓦が出土し、初期の仏教寺院が推定されています。奈良時代には上田地方に信濃国分寺が建立され、僧寺、尼寺の大規模な建物跡が確認され、仏教文化の浸透がみられます。平成16年には僧寺南大門跡がほぼ想定された場所から検出されました。飯田地方では毛賀御射山遺跡で瓦塔、布目瓦が出土し、奈良時代の集落内における仏堂の存在が推定されています。
平安時代には佐久市の聖原遺跡で、9世紀前半の良好な瓦塔が出土し、「寺」などの墨書土器とあわせて寺院の存在が考えられています。また松本市の平瀬遺跡では、文献上で確認される法住寺との関係がうかがわれる平安時代後期の銅製三尊仏像やせん仏型が出土しています。さらに千曲市の社宮司遺跡からは国内で初めて、墓前供養のためとみられる六角木幢が発見され、平安時代後期の信濃における仏教信仰の様子がうかがわれます。
鎌倉時代には人々の間に広い範囲で仏教信仰が高まり、寺院建物の建造や仏教文化の興隆がみられます。上田市の国宝安楽寺八角三重塔は、近年行われた奈良文化財研究所の年輪年代測定調査により、部材の一部が鎌倉時代後期の正応2年(1289年)の伐採であることが判明し、「禅宗様建造物では日本最古であると考えられる」と指摘されています。
室町時代では、千曲市八幡に所在した旧神宮寺所蔵の十二天画像や懸仏、上田市の日輪寺所蔵の懸仏(御正体)など貴重な資料を展示いたします。
今回の特別展では、信濃の仏教信仰に関係した寺院に伝わる書画、仏具、建築部材などの文化財や、古瓦、墨書土器、瓦塔、小金銅仏、磬、錫杖鋳型、陶磁器などの仏教関係遺跡から出土した資料や写真を展示いたします。こうした資料を通して、長野県における古代・中世の仏教文化の一端をご理解いただければ幸いに存じます。
最後に今回の特別展の開催にあたり、貴重な資料をご出展いただきました皆様方、ご指導、ご協力を賜りました関係各位、諸機関に対しまして、心より厚くお礼申し上げます。
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