信濃国分寺跡は、史跡公園として整備されており、歴史学習の場あるいは憩いの場として利用いただけます。

僧寺・尼寺跡とも、遺構は埋め戻しによる基壇復元方式がとられています。建物跡の表面をソイルセメント・アスファルトで覆い、芝生や玉砂利で区画し、築地跡にはドウダンツツジが植えてあります。

信濃国分寺跡保存整備平面図
僧寺跡

僧寺伽藍配置図
(そうじがらんはいちず)

 僧寺跡は、100間(約178m)四方の寺域のなかに、中門・金堂・講堂・回廊・塔・僧房の建物跡がありました。伽藍配置は、中門・金堂・講堂が南北一直線にならび、中門と講堂を回廊でつなぎ、さらに、塔を金堂の東南に置く、東大寺(国分寺)式といわれる様式です。
 金堂には釈迦牟尼仏が、塔には金光明最勝王経(法舎利)がまつられました。また、講堂は法を説き経を講ずる場所で、僧房は僧が生活する場所でした。

 
尼寺跡

尼寺伽藍配置図
(にじがらんはいちず)

 僧寺の築地から尼寺の築地まで約40mと両寺院がきわめて近接しています。
 尼寺跡は、80間(約148m)四方の寺域のなかに、中門・金堂・講堂・回廊・経蔵・鐘楼・尼房・北門がありました。伽藍配置は、僧寺と同じく東大寺様式です。
 金堂には、釈迦牟尼仏が安置されました。経蔵には経典が納められ、鐘楼には梵鐘がかけられます。

 
僧寺・尼寺伽藍配置データ

僧寺と尼寺の関係
僧寺 東偏3度12'
尼寺 東偏5度13'
 (いづれも中心線)
僧寺金堂を中心に各築地までの長さは東108.0m、西68.56m、南94.25m、北83.80mで中軸線は西偏している。
尼寺金堂の中心から北門築地までは90.00mで、南大門までは60.00mと推定される。
東築地までは、74.00mである。
僧寺中軸線(講堂)と尼寺中軸線(金堂)はほぼ東西に並び181.46m(約100間)である。
僧寺築地と尼寺築地までは約40.00mで近接している。

信濃国分寺の寺域と伽藍の規模
僧 寺 尼 寺
寺域
 東西176.56m 築地幅2.0m(100間四方)
 南北178.05m 柱間7間
金堂基壇
 正面29.20m 柱間7間
  (3.2+3.5+3.5+4.0+3.5+3.5+3.2)m
 側面19.20m 柱間4間(3.2+4.0+4.0+3.2)m
講堂基壇
 正面34.00m 柱間9間
  (3.1+3.1+3.2+3.2+3.6+3.2+3.2+3.1+3.1)m
 側面20.06m 柱間4間(3.1+3.9+3.9+3.1)m
塔基壇
 四方13.20m 柱間3間(2.4+3.0+2.4)m
 正面20.80m 柱間5間(3.3+3.8+3.8+3.8+3.3)m
中門基壇
 側面9.40m 柱間2間(3.3+3.3)m
廻廊基壇
 幅8.10m 柱間2問(2.55+2.55)m
 (複廊)
 長さ講堂から19.8mm 柱間6間
  (3.3+3.3+3.3+3.3+2.55+2.55)m
 折れて66.0m 柱間20間(3.3×20間)
 折れて中門へ24.5m 柱間8間
  (2.55+2.55+(3.3×5間)+2.9)m
僧房基壇
 正面39.00m(推定) 柱間11間
  ((3.0×5間)+4.2+(3.0×5間))m
 側面14.40mm 柱間4間(2.4×4間)m
寺域
 東西148.0m 築地幅2.0m(80間四方)
 南北150.0m
金堂基壇
 正面29.70m 柱間7間
 (13.0+3.2+3.2+3.6+3.2+3.2+3.0)m
 側面19.50m 柱間4間13.0+3.2+3.2+3.0)m
講堂基壇
 正面31.00m 柱間7間
  (3.0+3.0+3.2+3.6+3.2+3.0+3.0)m
 側面21.60m 柱間4間(3.0+3.2+3.2+3.0)m
中門基壇
 正面19.00mm 柱間3間(3.8+4.2+3.8)m
 側面13.60m 柱間2間(3.2+3.2)m
尼房基壇
 正面51.00m 柱間11間
  ((3.6×5間)+8.0+(3.6×5間))m
 側面14.10m 柱間3問(2.7+2.7+2.7)m
北門基壇
 正面16.00m 柱間3間(3.0+4.0+4.0)m
 側面12.00m 柱間2間(3.0+3.0)m
経蔵基壇
 正面12.00mm 柱間2間(3.0+3.0)m
 側面11.40m 柱間3間(3.6+3.6+3.6)m
廻廊(単廊)基壇
 幅6.80m 柱間1間(3.2)m
 長さ講堂がら13.4mm 柱間3間
  (2.0+3.2+3.2+3.2)mm
 折れて64.0m 柱間20間(3.2×20間)m
 折れて中門へ17.8m 柱間5間(3.2×5間)