文化財の詳細情報

常楽寺石造多宝塔

常楽寺本堂左側の道を上ると、昼でも暗いような静かな杉木立〔こだち〕の奥に、多宝塔と呼ばれる堂々とした石造の塔が一基建っています。ここを北向観音の出現地といい、おごそかなたたずまいを感じる境内です。このりっぱな多宝塔の由来は次のように伝えられています。

「平安時代の初めのころ、別所の東北にある山の麓あたりの地の底が突然ゆれ動いて、大きな火の口があき、そこから紫色の煙がたちのぼり、南方へたなびいて今の北内観音堂の桂〔かつら〕の木に止まった。その先には金色をした千手観音のお姿が見えたので、天長三年(826)北向の観音堂を建てて仏様を安置した。そこで、このありがたい仏様が地中から現れた火口跡に、木造の多宝塔を建立し、常楽寺境内の最も神聖な場所とした。 

ところが、鎌倉時代にこの多宝塔が火災で焼けてしまったので、弘長二年(1262)ョ真〔らいしん〕という和尚さんが、今度は石で多宝塔をつくり、お経を奉納した。」ということが、石造塔の四面に刻まれています(*)。それからこの塔は、今日まで約730年もの長い間、風雪に耐えてきたのです。

多宝塔の形は土台石の上に横長の直方体の石をのせ、幅の広いひさしをさしかけます。その上部は円筒形の身舎を造り出しその上に笠をのせ、一番上に細長い相輪を立てます。常楽寺多宝塔もこれと同じ形で総高274.0cm、塔身は厚味のある四角形の石でがっちりと上部を支えています。笠の背は低く降〔くだ〕り棟〔むね〕の反〔そ〕りもわずか、軒先の切口は厚く四角〔よすみ〕で少しはねあげ、軒端を垂直に切っています。こうした重厚で堂々とした風格や造り方からみて、鎌倉期多宝塔の代表といえましょう。

石造多宝塔のすぐれたものは全国的にも少なく、わが国で重要文化財に指定されているものは、この常楽寺塔と滋賀県の「少菩提寺塔〔しょうぼだいじとう〕」の二つだけです。中でも少菩提寺塔は多宝塔本来の形とやや異なるので、常楽寺塔は最も大切な遺品と考えられています。

国重要文化財 石造物
昭和36.3.23
所在地
別所温泉2347
所有者
常楽寺
弘長2年

文化財の写真(クリックで拡大します)

パノラマムービー

Apple QuickTime Playerがインストールされている環境では、上下左右360度のパノラマムービーをご覧になれます。一般には公開されていない建造物の内部なども見ることができますので、ぜひQuickTime Playerをインストールして、貴重なパノラマ映像をお楽しみ下さい。

QuickTime Playerのダウンロード